2018/07/09

最後のお客様

H2トラベルズでラストのお客様は、日本から70代後半の女性旅行者の付き添いでマニプールの山奥へ慰霊の旅。日本にとって戦時中で最も悲劇だった場所でもあり、何万ともいう膨大な日本兵が戦い以外にも栄養失調・赤痢・マラリアなどによって亡くなりました。今回はその英霊を靖国神社へ連れて帰るとの事。

このお客様は昨年にも訪問しており、今回は2回目になります。

今回は雨期真っ只中の訪問。悪天候ばかりを想定していたら、空気が澄んでいたお蔭で意外にも美しい時期でした。

インパール空港到着前の景色

インパール郊外

田園風景が広がる

素敵な青空

インパール空港

今回手配した四駆

戦いの舞台だったビシェンプール郊外

田園風景

ロクタク湖

ロクタク湖

ロクタク湖の沼地

夕焼けの景色

ホテルのマニプール定食

デザート

クラシック・グランデの客室から眺めるインパール

ウクルル方面へ移動

途中の果物屋

ドライブインの昼食

ウクルルへ進む道

時より現れる青空が美しい

サンシャーク付近の国道分岐点

ウクルル付近の田園風景

ウクルル付近の田園風景

ウクルル付近の田園風景

ちなみに、時より道路は国道であるにも関わらず大雨で舗装状態が悪い箇所が結構あります。

ウクルルへの道

ウクルルはマニプールの山岳地帯では最も大きな集落。戦時中、ビルマから西へ高い山脈を超えてやってくる日本兵はここを目指せば食糧がある!と信じて目指したにも、実際に訪れるととてもそんな食糧にありつける場所では無かった。

インパール作戦は、牟田口司令官の一方的な指揮によって実行された計画で、実に全く兵士の健全を考えないで行った。補給は無しで2週間分の食糧しか持たせず、いざとなれば食べなくても戦えると本気で当時の報道者の前で言った。誰もこのバカげた計画にストップをかける事ができずに、実に死者は5万とも言われている。それも、殆どが戦闘で亡くなったよりも栄養失調や赤痢、マラリアによるもの。戦記を読むと、本当に酷い。更にはちょうどこの計画が3月~7月の雨季の中で実行されたのもあり、この叩きつけるような雨の中ジャングルの中を歩いてヒルにやられながらも、一粒の米も食べないで森の野生の草だけで何日間生き延びなければいけなかった。

そんな地獄の状況の中でも、日本兵は勇敢に戦ったそうで結果的には飢えで負けたけど敵(イギリス)を圧倒させる事ができた。

地元の住民も日本兵のために慰霊碑をいくつかマニプール内に建てた。実に、地元住民が戦時中の日本兵のための慰霊碑を建てる、というのは結構珍しいと思う。逆に、未だ日本によって建てられた慰霊碑が無いのが不思議なぐらい(ただ、マニプールは遂8年前までは外国人へ対して鎖州状態たったので何もできなかったというのもあるが)。

ウクルルの雨は凄く、宿に着いた時はホッとした。屋根がある。ホットシャワーがある。電気がある。真っ白なベッドシーツがある。日本兵の事を思うと、本気でこんな当たり前の事が申し訳ないと思った。。。

シャローム・ロッジのベッド

村長家のサクランボの木

ミャンマー国境を眺める

「白骨街道」と言われるこの辺りからインド・ミャンマー国境付近。地平線には高い山脈が。この山脈の向こう側がミャンマーになる。これを、ほぼ飲まず食わずで渡ってきた・渡った。人間の限界を超えさせられた兵士達。

インパールへ戻ってのどかな田園風景へカムバック。


牛の親子

夜は、日本でも現在有名になりつつある、インパール作戦の研究家でもあり、特に日本軍の研究を続けるアランバム・アンガンバ氏宅で夕食。

マニプール料理の夕食

H2トラベルズでは、マニプールの旅行手配ではほぼ皆このアランバム氏をガイドとして委託しておりました。彼は自費で日本軍の遺骨収集などを自ら行い、現在は自宅の一部屋を唯一のこの州の戦争博物館として集めた日本軍の使用していたものを一般公開している。

現在では、日本財団との協力でもっと大規模な本格的な博物館を、日英の戦いが最も激しかったレッドヒル(地元住民によって建てられた慰霊碑もある)に今年もしくは来年中にオープンする予定です。

アランバム氏と一緒に

アランバム氏が居なければ、ここまでインパール作戦の知名度が上がらないとても重要な人物。本当に今までうちのお客様を詳しく案内頂けた事に感謝です。

レッドヒルの戦いに関しての説明

付近にはのどかに牛が

レッドヒルから眺める景色

アランバム氏

格好つけてみました

7年間のH2トラベルズを締めくくるとても思い出になる付き添いの旅行でした。マニプールはデリーからノンストップ便で3時間近く、インドとは思えない、どちらかというと東南アジアの様な場所。ミャンマーとタイはすぐ目と鼻の先。もう一つのインドには、我々日本人にとっては忘れてはならない重要な歴史舞台がありました。

7年間本当に良いお客様に恵まれ、遣り甲斐がとてもありました。北東インドとインドのヒマラヤ地域はほぼすべて制覇もでき、特化できた専門の旅行会社として良い思い出です。

将来、この経験を引き続き活かしていける事ができれば、と強く思います。


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